ふと気づいたんですけど、僕、インターネットやってません。
いや、回線を繋いではいるんだけど、ネットはやってないんです。
ブラウザ立ち上げるのって、ほぼ、ここに書き込むときだけなんですよ。
あとは、事件とか政局とか金融経済とか……ニュースサイトっていうんですか? ああいうところを、ボチボチ見てるくらいです。
テレビもあんまり見ないので、その代わりに。
その他のことは、一切やらなくなったなあ。
ニュースサイトを除いたら、ホームページとかサイトとかいわれるものを、まったく見なくなりました。
個人サイトもそうだし、企業オフィシャルサイトも行かないなあ。まったく行かないですよ。
もう、誰も使わなくなった言葉だけど、サイトからサイトへ“サーフィン”するのが、もうそれがすでに面倒臭くなっていましてね。バナーというものを最後にクリックしたのって、何ヶ月前だっけ? もう一年くらいになるんだっけ……
綺麗な絵、うまいCGを探しに行こうという意欲も、もうほとんど残っていないんです。自分が、描くことへの興味を失ってしまいましたので……描く事に興味がないと、鑑賞することの喜びもまた色あせました。まだ見ぬ素晴らしい画像やクリエイターさんに出会いたいという気持ちも無くなってきました。
自分がリアルタイムで原画を描いているのに、なんというか……絵の世界が、なんかもう、遠いです。川ひとつへだてた向こう岸、って感じになっちゃいました。なんか、僕には関係ない世界……という、そんな気さえしています。
(もちろん、仕事である以上、手抜きは一切していませんよ、僕の心のありようがどうだろうとね。純粋に僕の技術不足・センス不足に因る問題は別ですが)
どんなアニメが流行っているかとか、どんなゲームが売れているかとか、ほとんど興味はないですし。
音楽も聴かない、ファッションもクルマもグルメも、スポーツも旅行も興味ない。究極の無趣味人間ですからねえ。
昨日おとといの話を蒸し返すみたいになっちゃうけど、歳も歳だし、恋愛とか結婚とか、もうなんか他人事になっちゃってますよね、僕の中では。
だから、そういったテーマでネットを渉猟するってことも、ありえないわけですよ。
それこそ、消費税率がアップするとかしないとか、そういうことに関してだけかなあ、多少なりとも興味があるのは。
楽しみっていったら、酒呑むことだけだ。
それだけですよ、楽しみは。
ほんと、それしかなくなっちゃったなあ。
ネットじゃ酔えないですからね。
何のためにプロバイダに金はらってるんだろう。
メールの送受信だけならケータイで充分だって。
ま、でかいファイルのやりとりとかはできませんけどね、携帯では。
ネットを繋いだ当初は、あちこちのBBSもちょくちょく覗いていたんですけど。有名なところへも行ってみましたよ。おっかなびっくり(笑)
でも、一昨年くらいからだんだん見なくなって、今年に入ってからは、たぶんどこへも行っていません。ほんと、ぜんぜん見てないや。掲示板見るの、完全にやめちゃいましたね。
飽きたとか、嫌いだという訳じゃないんですけど。それなりにおもしろかったんだけど。
ただ、これはという場所というか板というか、そういうものには出会えなかったですね。
目につく物をいくつかポツポツ拾い読みして、なんかそこで満足したような気になってしまった。それでおしまい。おもしろかったけど、おもしろかったからこそ、ずっと見続けようとは思わないな……って感じですかね。
掲示板を見ないなら、他にもっと楽しい何かを見つけたのかというと、そういうことはありません。
そのほかに、そんなに楽しいものがあるのなら、教えて欲しいくらいです。
(いや、真に受けて紹介メールとかしてこないでくださいね)
ご存知のように、HPの更新も無いですし。もう、今年かぎりで閉めちゃおうかなあって言っているくらいだし、HP。
コミュニティもチャットも、なんか僕には合っていないなって気がするし。
ネトゲはけっして手を出さないと決めていますし。
自分はこうしてブログ書いてますけど、僕は、他人のブログは基本的に見ないんです。(おい……笑)興味がないんですよ。(だから、昨年末までし●こたんも知らなかった)リアルで知っている人のを、たまに見てるくらいかな。
それで結局、最終的には、何も見なくなっちゃった。
わざわざブラウザ起動させて見なきゃならないものなんて、あるかなあ。ないよなあ。少なくとも、僕にとっては。
もはや、ネットワーク的には世捨て人状態ですよね。
回線は繋がっているのに、世界が閉じていっている。いや、もう閉じてしまっている。
もはや、とんちんかんな出会い系のスパムメール(いらない、読みもしない)を、大量に受け取るだけのツールに成り下がっていますよ。
ただ、それだけだね。
今は仕事でメールのやり取りがありますけど、仕事が終わっちゃったら、それもなくなる。僕にとっては、ほんとうにネットの価値が限りなくゼロに近くなっていきますよ。
ネット繋いだら世界が広がるよといわれたけれど、あんまり広がらなかった。
というか、僕には、世界を広げられなかったんだろうね。
インターネットというもの自体に、いまいち適応できないというか、ついていけなかったんでしょう。
なじめないんですよ、ここに。
こういうの、僕には向いてない。まったく向いてないよ。
いまの人たちには信じられないことかもしれないですけど、インターネットというもの、そのものを、僕は使いこなすことが出来なかったんですよ。持て余してしまったんです。
僕は、とことんアナクロな人間なんですよ。古い人種なんです。
20世紀人。昭和の人。そこで時が止まっちゃっているんですよ。
致命的に時代遅れなんです。
ネットを、どういう風に活用したらいいのか、どうしても理解できないんですよ。回線つなげて5年を過ぎたけど、それでもさっぱり分からない。
使いもしない家電、大袈裟なダイエットマシンとかつい買っちゃって、部屋の隅でホコリかぶってる。そんな感じ。
「ネットで何をするかなんて、好きなようにしたらいいじゃないか」と言われれば、結局は「いっさい何もしない」というところに落ち着いてしまうんですよね。僕の場合はね。
HPにしたって、友達がやってるから、同人の宣伝になるよと言われたから、はじめた……主体性がないんですよ。勧められたから訳も分からずやってみました、って感じ。
それは間違っていたんだとは言っていませんよ、誤解のなきよう。それはそれでべつにいいんだけど。
しかし、ネット上で、僕が本当に自分から、「これは面白そうだ」(あるいは「勉強になる」「利益になる」)と思って、主体的にはじめたことって何ひとつとしてない。
そういうものを、見つけられなかったですよね。
僕はもはや、情報を収集する必要も、時代の流れについていく必要も感じなくなってきています。
情報があっても、それを活かすことができないんですよ。
振り回されて、ストレスを溜めるだけなんです。
じゃあ、何も知らないほうがなんぼかマシだ。
情報もコミュニケーションも、全く不要だとは言わないけど、そういったものの価値が、僕の中では急激に下がってきていますね。それは事実です。
知ったからって、どうなる。
よい報せなど、なにひとつとして来はしないのに
それでも知りたいのか
なにを知りたいのか
もういいや、って感じ。
あくせくするの、疲れちゃった。
ついていこうとしてどんなに必死になっても、無駄なことだ。
置いていかれるのに、もう慣れた。
人にも、物にも、文化にも、なにもかもに、僕は置いていかれるんだよ。
ぽつんとひとり、取り残される。
取り残されるのだと、最初からわかってた。
そういう人間なんだわ、自分は。
もし、希望通り引退できたなら、プロバイダとの契約も切っちゃおうかな……
しょせん月何千円ですけど、一年で考えたらバカにならないし。
お金ないんでね……僕は…………無駄な事に、千円だって払いたくないんですよ、本音を言えば。
これ、俺の生活に本当に必要なのかなあ……インターネット?
いや、回線を繋いではいるんだけど、ネットはやってないんです。
ブラウザ立ち上げるのって、ほぼ、ここに書き込むときだけなんですよ。
あとは、事件とか政局とか金融経済とか……ニュースサイトっていうんですか? ああいうところを、ボチボチ見てるくらいです。
テレビもあんまり見ないので、その代わりに。
その他のことは、一切やらなくなったなあ。
ニュースサイトを除いたら、ホームページとかサイトとかいわれるものを、まったく見なくなりました。
個人サイトもそうだし、企業オフィシャルサイトも行かないなあ。まったく行かないですよ。
もう、誰も使わなくなった言葉だけど、サイトからサイトへ“サーフィン”するのが、もうそれがすでに面倒臭くなっていましてね。バナーというものを最後にクリックしたのって、何ヶ月前だっけ? もう一年くらいになるんだっけ……
綺麗な絵、うまいCGを探しに行こうという意欲も、もうほとんど残っていないんです。自分が、描くことへの興味を失ってしまいましたので……描く事に興味がないと、鑑賞することの喜びもまた色あせました。まだ見ぬ素晴らしい画像やクリエイターさんに出会いたいという気持ちも無くなってきました。
自分がリアルタイムで原画を描いているのに、なんというか……絵の世界が、なんかもう、遠いです。川ひとつへだてた向こう岸、って感じになっちゃいました。なんか、僕には関係ない世界……という、そんな気さえしています。
(もちろん、仕事である以上、手抜きは一切していませんよ、僕の心のありようがどうだろうとね。純粋に僕の技術不足・センス不足に因る問題は別ですが)
どんなアニメが流行っているかとか、どんなゲームが売れているかとか、ほとんど興味はないですし。
音楽も聴かない、ファッションもクルマもグルメも、スポーツも旅行も興味ない。究極の無趣味人間ですからねえ。
昨日おとといの話を蒸し返すみたいになっちゃうけど、歳も歳だし、恋愛とか結婚とか、もうなんか他人事になっちゃってますよね、僕の中では。
だから、そういったテーマでネットを渉猟するってことも、ありえないわけですよ。
それこそ、消費税率がアップするとかしないとか、そういうことに関してだけかなあ、多少なりとも興味があるのは。
楽しみっていったら、酒呑むことだけだ。
それだけですよ、楽しみは。
ほんと、それしかなくなっちゃったなあ。
ネットじゃ酔えないですからね。
何のためにプロバイダに金はらってるんだろう。
メールの送受信だけならケータイで充分だって。
ま、でかいファイルのやりとりとかはできませんけどね、携帯では。
ネットを繋いだ当初は、あちこちのBBSもちょくちょく覗いていたんですけど。有名なところへも行ってみましたよ。おっかなびっくり(笑)
でも、一昨年くらいからだんだん見なくなって、今年に入ってからは、たぶんどこへも行っていません。ほんと、ぜんぜん見てないや。掲示板見るの、完全にやめちゃいましたね。
飽きたとか、嫌いだという訳じゃないんですけど。それなりにおもしろかったんだけど。
ただ、これはという場所というか板というか、そういうものには出会えなかったですね。
目につく物をいくつかポツポツ拾い読みして、なんかそこで満足したような気になってしまった。それでおしまい。おもしろかったけど、おもしろかったからこそ、ずっと見続けようとは思わないな……って感じですかね。
掲示板を見ないなら、他にもっと楽しい何かを見つけたのかというと、そういうことはありません。
そのほかに、そんなに楽しいものがあるのなら、教えて欲しいくらいです。
(いや、真に受けて紹介メールとかしてこないでくださいね)
ご存知のように、HPの更新も無いですし。もう、今年かぎりで閉めちゃおうかなあって言っているくらいだし、HP。
コミュニティもチャットも、なんか僕には合っていないなって気がするし。
ネトゲはけっして手を出さないと決めていますし。
自分はこうしてブログ書いてますけど、僕は、他人のブログは基本的に見ないんです。(おい……笑)興味がないんですよ。(だから、昨年末までし●こたんも知らなかった)リアルで知っている人のを、たまに見てるくらいかな。
それで結局、最終的には、何も見なくなっちゃった。
わざわざブラウザ起動させて見なきゃならないものなんて、あるかなあ。ないよなあ。少なくとも、僕にとっては。
もはや、ネットワーク的には世捨て人状態ですよね。
回線は繋がっているのに、世界が閉じていっている。いや、もう閉じてしまっている。
もはや、とんちんかんな出会い系のスパムメール(いらない、読みもしない)を、大量に受け取るだけのツールに成り下がっていますよ。
ただ、それだけだね。
今は仕事でメールのやり取りがありますけど、仕事が終わっちゃったら、それもなくなる。僕にとっては、ほんとうにネットの価値が限りなくゼロに近くなっていきますよ。
ネット繋いだら世界が広がるよといわれたけれど、あんまり広がらなかった。
というか、僕には、世界を広げられなかったんだろうね。
インターネットというもの自体に、いまいち適応できないというか、ついていけなかったんでしょう。
なじめないんですよ、ここに。
こういうの、僕には向いてない。まったく向いてないよ。
いまの人たちには信じられないことかもしれないですけど、インターネットというもの、そのものを、僕は使いこなすことが出来なかったんですよ。持て余してしまったんです。
僕は、とことんアナクロな人間なんですよ。古い人種なんです。
20世紀人。昭和の人。そこで時が止まっちゃっているんですよ。
致命的に時代遅れなんです。
ネットを、どういう風に活用したらいいのか、どうしても理解できないんですよ。回線つなげて5年を過ぎたけど、それでもさっぱり分からない。
使いもしない家電、大袈裟なダイエットマシンとかつい買っちゃって、部屋の隅でホコリかぶってる。そんな感じ。
「ネットで何をするかなんて、好きなようにしたらいいじゃないか」と言われれば、結局は「いっさい何もしない」というところに落ち着いてしまうんですよね。僕の場合はね。
HPにしたって、友達がやってるから、同人の宣伝になるよと言われたから、はじめた……主体性がないんですよ。勧められたから訳も分からずやってみました、って感じ。
それは間違っていたんだとは言っていませんよ、誤解のなきよう。それはそれでべつにいいんだけど。
しかし、ネット上で、僕が本当に自分から、「これは面白そうだ」(あるいは「勉強になる」「利益になる」)と思って、主体的にはじめたことって何ひとつとしてない。
そういうものを、見つけられなかったですよね。
僕はもはや、情報を収集する必要も、時代の流れについていく必要も感じなくなってきています。
情報があっても、それを活かすことができないんですよ。
振り回されて、ストレスを溜めるだけなんです。
じゃあ、何も知らないほうがなんぼかマシだ。
情報もコミュニケーションも、全く不要だとは言わないけど、そういったものの価値が、僕の中では急激に下がってきていますね。それは事実です。
知ったからって、どうなる。
よい報せなど、なにひとつとして来はしないのに
それでも知りたいのか
なにを知りたいのか
もういいや、って感じ。
あくせくするの、疲れちゃった。
ついていこうとしてどんなに必死になっても、無駄なことだ。
置いていかれるのに、もう慣れた。
人にも、物にも、文化にも、なにもかもに、僕は置いていかれるんだよ。
ぽつんとひとり、取り残される。
取り残されるのだと、最初からわかってた。
そういう人間なんだわ、自分は。
もし、希望通り引退できたなら、プロバイダとの契約も切っちゃおうかな……
しょせん月何千円ですけど、一年で考えたらバカにならないし。
お金ないんでね……僕は…………無駄な事に、千円だって払いたくないんですよ、本音を言えば。
これ、俺の生活に本当に必要なのかなあ……インターネット?
結婚といえば、従姉妹がこのたび結婚することになりまして。
同じ世代の従兄弟達の中に「売れ残り」が数人いたんですけど、一人減り、二人減り……いよいよ僕が最後の独身になりつつ……
父方も母方も、従兄弟連中のなかじゃ、僕が最年長なんですね。
順番からいや、いちばん最初に結婚してもおかしくなかったんですけど。
……あ、1人だけ歳上がいたかあ。そういや、いたいた。もちろん結婚して、高校生の子供がいるけど。
今度結婚する子は、デキ婚でした。
っていうかもうすぐ生まれます。
大きなお腹で挙式っていうのも今や珍しくはないけれど、臨月に近いというのはいかがなものか。限度問題だろってことで、もういっそ、産んじまってから式ということに相成った次第。
二人の門出じゃなくて、子供を含めて三人の門出となるそうです。
それにつけても、式が12月28日ってどうなの?
……僕は、子供をつくりたくない。
結婚はともかく、子供が欲しいと思ったことは、42年生きてきて一度もありませんでした。
子供をもつのがこわい。
こわくて仕方がない。
ダメ人間が親だと、子供は傷つくからね……
すごく傷つくから。
それに僕は、自分の子を愛せないと思います。
だから、僕は、子をなすべきじゃない。
自分の子供を憎むと思う。
わが子を、とことんまで憎悪する。そんな気がしますよ。
自分で、分かっているんです。
子供の中に、ほんのわずかでも、自分に似たところを見つけてしまったら、僕は子供を憎んで憎みぬいてしまうと思う。
他人の子なら、かわいいと思うんですけど…………
子供はいらない。
もしいれば憎いだろう。
だから、僕に子供がいないことは幸いなことなんです。
いずれにしても、子供ができる心配なんか、僕はしなくていいんですけどね(笑)
メスネコだって寄り付きゃしねえさ。
同じ世代の従兄弟達の中に「売れ残り」が数人いたんですけど、一人減り、二人減り……いよいよ僕が最後の独身になりつつ……
父方も母方も、従兄弟連中のなかじゃ、僕が最年長なんですね。
順番からいや、いちばん最初に結婚してもおかしくなかったんですけど。
……あ、1人だけ歳上がいたかあ。そういや、いたいた。もちろん結婚して、高校生の子供がいるけど。
今度結婚する子は、デキ婚でした。
っていうかもうすぐ生まれます。
大きなお腹で挙式っていうのも今や珍しくはないけれど、臨月に近いというのはいかがなものか。限度問題だろってことで、もういっそ、産んじまってから式ということに相成った次第。
二人の門出じゃなくて、子供を含めて三人の門出となるそうです。
それにつけても、式が12月28日ってどうなの?
……僕は、子供をつくりたくない。
結婚はともかく、子供が欲しいと思ったことは、42年生きてきて一度もありませんでした。
子供をもつのがこわい。
こわくて仕方がない。
ダメ人間が親だと、子供は傷つくからね……
すごく傷つくから。
それに僕は、自分の子を愛せないと思います。
だから、僕は、子をなすべきじゃない。
自分の子供を憎むと思う。
わが子を、とことんまで憎悪する。そんな気がしますよ。
自分で、分かっているんです。
子供の中に、ほんのわずかでも、自分に似たところを見つけてしまったら、僕は子供を憎んで憎みぬいてしまうと思う。
他人の子なら、かわいいと思うんですけど…………
子供はいらない。
もしいれば憎いだろう。
だから、僕に子供がいないことは幸いなことなんです。
いずれにしても、子供ができる心配なんか、僕はしなくていいんですけどね(笑)
メスネコだって寄り付きゃしねえさ。
昨日の日記に書いた親戚の爺さんなんですけど、まだ持ちこたえてます。
すげえ……
何があの爺さんを生かしているんだろう。
喀血したんですよ? 103歳がね。
うまくすると、あの爺さん、今回も生き永らえるぞ……
103歳にくらべりゃ、随分若い、こっちは大正生まれの爺さんなんですけどね。
このあいだの、親父の一周忌に来てくださった人なんですが、我々との血のつながりはないんです。
僕から見れば曽祖父のケンジロー爺さんが、はるか昔、後見人になってさしあげたとか。
その人が、お寺の、檀家総代というのをやっているんですよ。
まあ、その寺に墓をもっている檀家衆の代表者っていうことですよね。
血のつながりはないと書きましたが、何十代も溯れば繋がっているかもしれません。うちの墓は、まわり全部、親戚だらけ。あれはひいじいさんの時代に分かれたご本家の墓だ。あれはもっと前の時代の三男坊が作った墓だって……どっかで何かしらつながっている。みんな家紋が同じ、「丸に橘」ですしね。
(十大家紋といって、よくある紋だそうです。ちぇっ。もっとまがまがしい、すげえデザインの家紋だったらよかったのによ。ドクロとか。クトゥルーの横顔とかさ。ジオン国章みたいな感じのとか)
……その爺さん、ちょっとお節介が過ぎるお人で、うちの葬式のやり方だとか、いちいちくちばしを突っ込んでくるんですよ。
まあ、昔の人ですからねえ。こういうことをきちんとしないと、なんか腹立つんでしょうけどねえ。
で、その爺さんがね、僕にも色々いちゃもんをつけてくるわけですよ。
いい年して結婚もしないでフラフラしてどういうつもりだ、ってね。
そりゃ、いい年なのは認めますよ。認めますけどね。
僕にはそんな相手いませんよと言ったら、じゃあ見合いしろって、勝手にセッティングし始めるし。
いや……お断りするのに一苦労でしたわ。このくそ忙しいときに…………
この俺がお見合い?
ご冗談でしょう。
俺は日本一お見合いには向かない男ですよ。
冗談というより、ここまで来ると、ブラックユーモアですよ。
(笑)じゃなくて(苦笑)だよ。
「わたくし、こういう仕事をしております」って言いながら、いやらしいCGのプリントアウトを相手さんにお見せしろ、とでも?
獅子脅しがカコーンとか鳴っている料亭の一室で、キモノを着てきてくれたお嬢さんに、ツインテール少女のブルマーM字開脚とか見せるんですか。マジですか。
(いや……それはそれでおもしろいな、と、ここまで書いてきてフト思ってしまったカブキ者の俺がいる)
まあそれはさておき、42にもなって仕事ひとつマトモにできない男が、結婚はねえだろうよ。
来年あたり、食いつめた挙句に首くくっててもおかしくないんですよ僕は。っていうかむしろくくりそうな感じなんだよもはや。
そんな壊滅的甲斐性なしが嫁をもらってどうするっていうんだ……
ま、お爺さんはね、寺というか墓というか、それを守ろうとしておられるんですけどね。
いろいろうるさいことを言われる古い寺の檀家なんかやめて、無宗派の巨大霊園に墓たてて、葬式のときだけサラリーマン坊主呼んで簡単な経あげてもらってハイおしまい。一回忌も三回忌も知ったこっちゃねえ。―――そういう風にする(したい)人だって、今日日は多いでしょうからねえ。
僕はかりにも長男で、妹がひとりいるだけですから。妹は、とっくに嫁にいっちゃったし。
だから、僕が結婚せず、子供もつくらず、いずれ一人で死ぬとするなら、うちの墓は誰も世話するもののない無縁さんということになっちゃうわけですよ。お家断絶しちゃうわけ。
妹の子供が生きているうちは年に一度くらいは参ってくれるかもしれないが、その子が死んだらもう、誰も僕らのことは覚えていないでしょう。
いやらしい話だけど、墓地というのも、分譲したり、レンタル料もらったり、いろいろな回向法要のお布施で維持されたりしてるわけですから。うちみたいな家系断絶がいっぱい出てくると、寺も墓も、ちょっとうまくない状況になってくるわけです。
所帯をもったって食っていけないですよ……と、お爺さんに言ってもいいが、それは逆効果になる可能性もなくはない。その程度の知恵は、俺にも実はあった。
現在の感覚は「お金もないし、仕事もアレだし、結婚なんてできないよ」ですけど。
昔の人は「食っていけない? じゃあ、なおさら結婚せんかい」と、そういういう感覚だから。
一人じゃ生活が苦しいから所帯を持つ。ふたりなら、どうにかこうにかやっていける。そういう時代も、かつてはあったそうなんですよね。
そういう、日本がまだ貧しかった時代に生きてきた人から見れば、俺なんか、ふさげてるようにしか見えないんでしょうね。
……お爺さんには悪いけど、僕は生涯結婚はしないと思うなあ。
独身主義者なんじゃないんですよ。
僕は、「結婚しないのは、良くない事だ」という思想の持ち主ですから。
結婚や子育てが人間形成云々……綺麗ごとを言うつもりはありませんや。
でも、社会がそういう風にできているからねえ。
世の中っていうか、社会の最小単位は、「個人」じゃない。
「個人が輝く」とかって、まあそういう感じのスローガンだかマニフェストだかもあるんでしょうけど、それはあくまでも建前だと思います。
世の中を構成する最小単位―――素粒子は、「家族」なんでしょうね、たぶん。
家族というものをもっとも小さな単位として、いろいろなシステムが出来ている。
基本的に独身者用である「ワンルームマンション」ってのがあるけど、あれは、人が短いサイクルで出入りするというのが前提となっている。永住前提のワンルームって、ないでしょ。
人生のある一定の期間、一人で暮らすというのは想定されているかもしれません。でも、30になっても40になっても50になってもひとりでいる人へ提案されるライフスタイルとか、ないじゃないですか、そういうの。
スーパーで売ってる食い物の分量にしたって、二人暮らし、三人暮らしを何となく意識したボリュームだし。
行政だってそうですよね。「世帯」という概念で戸籍を作っているでしょ。個人が、どの家族に属しているのかっていうのを(少なくとも日本の)戸籍は、すごく重視してる。
家族を最小単位として、世の中回っている。
だから、独り者ってのは、社会に対しては微妙に反逆者なのかもしれません。
家族というレンガをきっちりと積んでいけば頑丈なお城が出来るはずなのに、そこに、レンガを砕いたような小さなふぞろいの石ころが混じっているようなものかもしれないですね。
これは、戦後の日本がどうこうとか、そういうことじゃない。
家族(結婚)が社会の素粒子であるというシステムは、百年千年、もっとまえから、きっとそうだったんでしょう。
是か非かじゃないんです。そういう仕組みなんだからしかたがない。そういう仕組みで、いままで人間はずっとやってきたんだから。
文句を言うなら、じゃあ、アンタが世の中を変えたらいいだろ、と言われてしまう。
もちろん、独り者を受け入れてくれるフレキシビリティは、社会には、あるけど。……まあ、ちょっとならね。
ただ、僕みたいなのが百万一千万と増えていったらどうなるか……
心斎橋で石をなげりゃ、独身者に当たるかもしれないけど。でも、各人の一生……時間軸を俯瞰から見た場合、「その生涯においてずっとひとりだった」というケースはグッと減る。そうでなければならない。
僕らみたいに、独り者で、勝手気ままにその日暮らしで生きている奴が、人口の3割とか4割とかを超えちゃったら、社会は機能不全に陥るんじゃないでしょうかね。
なのに、俺は結婚しないわけですけどね(笑)
そこまでウタっておきながらね。
もう、その機会を失いました。
僕の手には「結婚」というカードはなく、二度と手札の中に配られることもありません。
僕はこの20年、何もしてこなかった。
キリギリスみたいに遊んでいたわけではないです。しんどいことも、辛いことも、いっぱいあったけど。
でもそれは、意味のないことだった。
辛い目を見さえすればいい。きっと報われ、前進があるということではないんです。
僕は、ただオロオロと走り回り、無駄骨を折っていただけ。バカを見ていただけ。風車に突撃していただけ。
「いざゆかん! ついてまいれ、サンチョ・パンサ!!」
キリキリ舞いをし、恥ばかりかいていた。へたくそな喜劇を演じていただけだったんです。
同じくらいの歳のひとたちがいままでコツコツと積み上げてきた、スキルや、実績や、信用や、人脈や、人気や、人間力や。
あるいはお金。あるいは地位。
そういうもののなにひとつ、僕の手にはありません。
僕は、それを得られなかった。
20年という時間をかけて、なにひとつ、つかみとることができなかった。
ふと気がつくと、手の中はからっぽで、20歳のときと同じ場所に立ち、一歩たりとも前に進んでいない自分がいました。
ぞっ、としましたよ。
それに気づいたときは。
俺、バカだなあ、では済まない。
後ろから、「老い」という名の怪物が追いかけてくるから。
結婚なんか、している暇は僕にはもうないんです。
奥さんのためとか子供のためとか、そういうことに使う時間は、僕には、もう1秒すらも残っていない。
普通の人が40年かけて歩む道のりを、僕はこれからの20年で、走り抜けなければならないんですよ。
まさに、鬼の形相で、血を吐いて走る以外ない。
20年、人様より遅れている。負け分を取り戻さなきゃならないんです。
それができなきゃ野垂れ死ぬだけです。
比喩じゃない。本当に野垂れ死ぬことになるでしょうよ。
誰かと足並みをそろえ、二人三脚で走るような余力は、もう僕にはないんですよ。
あさましいほど、ぶざまなほど、自己中心的に生きなければならない。強欲で卑怯で妬みは深くなければいけない。自分さえよければいい。他人がどうなろうと知ったことではない。それどころか、人の足を引っ張ることをいつも考えているくらいでなければならない。人の不幸をゲラゲラと笑い転げるほどでないといけない。―――仮に、そこまでやっても、僕がいまから人様に追いつくことができるかどうか、分からないんですから。
僕は、そこまでのことをしなければ、ここから先、生きる道がないような人間なんですよ。
そんな僕に、家庭のことを考える暇なんか、まったくないんです。
いままで、負け続けてきた。一回も、ほんのちょっぴり勝つことも、できなかった。
ずっと負けてきた。勝つ、ということを、僕は知りません。勝った経験がないんですよ。
もう、がけっぷちなんですよ。
もう負けはない。負けがなくて、死にがあるだけですよ。
そんなわけで、僕のリアル友達よ。
僕の結婚式、というのはありえないから。
絶対にないから。
したがって、祝儀もいらない。
それが必要になることは、未来永劫金輪際、ないから。
クリスマスにでも、ちょっと豪勢な外食へゆきたまえ。
僕に祝儀をくれてやったつもりでね。
すげえ……
何があの爺さんを生かしているんだろう。
喀血したんですよ? 103歳がね。
うまくすると、あの爺さん、今回も生き永らえるぞ……
103歳にくらべりゃ、随分若い、こっちは大正生まれの爺さんなんですけどね。
このあいだの、親父の一周忌に来てくださった人なんですが、我々との血のつながりはないんです。
僕から見れば曽祖父のケンジロー爺さんが、はるか昔、後見人になってさしあげたとか。
その人が、お寺の、檀家総代というのをやっているんですよ。
まあ、その寺に墓をもっている檀家衆の代表者っていうことですよね。
血のつながりはないと書きましたが、何十代も溯れば繋がっているかもしれません。うちの墓は、まわり全部、親戚だらけ。あれはひいじいさんの時代に分かれたご本家の墓だ。あれはもっと前の時代の三男坊が作った墓だって……どっかで何かしらつながっている。みんな家紋が同じ、「丸に橘」ですしね。
(十大家紋といって、よくある紋だそうです。ちぇっ。もっとまがまがしい、すげえデザインの家紋だったらよかったのによ。ドクロとか。クトゥルーの横顔とかさ。ジオン国章みたいな感じのとか)
……その爺さん、ちょっとお節介が過ぎるお人で、うちの葬式のやり方だとか、いちいちくちばしを突っ込んでくるんですよ。
まあ、昔の人ですからねえ。こういうことをきちんとしないと、なんか腹立つんでしょうけどねえ。
で、その爺さんがね、僕にも色々いちゃもんをつけてくるわけですよ。
いい年して結婚もしないでフラフラしてどういうつもりだ、ってね。
そりゃ、いい年なのは認めますよ。認めますけどね。
僕にはそんな相手いませんよと言ったら、じゃあ見合いしろって、勝手にセッティングし始めるし。
いや……お断りするのに一苦労でしたわ。このくそ忙しいときに…………
この俺がお見合い?
ご冗談でしょう。
俺は日本一お見合いには向かない男ですよ。
冗談というより、ここまで来ると、ブラックユーモアですよ。
(笑)じゃなくて(苦笑)だよ。
「わたくし、こういう仕事をしております」って言いながら、いやらしいCGのプリントアウトを相手さんにお見せしろ、とでも?
獅子脅しがカコーンとか鳴っている料亭の一室で、キモノを着てきてくれたお嬢さんに、ツインテール少女のブルマーM字開脚とか見せるんですか。マジですか。
(いや……それはそれでおもしろいな、と、ここまで書いてきてフト思ってしまったカブキ者の俺がいる)
まあそれはさておき、42にもなって仕事ひとつマトモにできない男が、結婚はねえだろうよ。
来年あたり、食いつめた挙句に首くくっててもおかしくないんですよ僕は。っていうかむしろくくりそうな感じなんだよもはや。
そんな壊滅的甲斐性なしが嫁をもらってどうするっていうんだ……
ま、お爺さんはね、寺というか墓というか、それを守ろうとしておられるんですけどね。
いろいろうるさいことを言われる古い寺の檀家なんかやめて、無宗派の巨大霊園に墓たてて、葬式のときだけサラリーマン坊主呼んで簡単な経あげてもらってハイおしまい。一回忌も三回忌も知ったこっちゃねえ。―――そういう風にする(したい)人だって、今日日は多いでしょうからねえ。
僕はかりにも長男で、妹がひとりいるだけですから。妹は、とっくに嫁にいっちゃったし。
だから、僕が結婚せず、子供もつくらず、いずれ一人で死ぬとするなら、うちの墓は誰も世話するもののない無縁さんということになっちゃうわけですよ。お家断絶しちゃうわけ。
妹の子供が生きているうちは年に一度くらいは参ってくれるかもしれないが、その子が死んだらもう、誰も僕らのことは覚えていないでしょう。
いやらしい話だけど、墓地というのも、分譲したり、レンタル料もらったり、いろいろな回向法要のお布施で維持されたりしてるわけですから。うちみたいな家系断絶がいっぱい出てくると、寺も墓も、ちょっとうまくない状況になってくるわけです。
所帯をもったって食っていけないですよ……と、お爺さんに言ってもいいが、それは逆効果になる可能性もなくはない。その程度の知恵は、俺にも実はあった。
現在の感覚は「お金もないし、仕事もアレだし、結婚なんてできないよ」ですけど。
昔の人は「食っていけない? じゃあ、なおさら結婚せんかい」と、そういういう感覚だから。
一人じゃ生活が苦しいから所帯を持つ。ふたりなら、どうにかこうにかやっていける。そういう時代も、かつてはあったそうなんですよね。
そういう、日本がまだ貧しかった時代に生きてきた人から見れば、俺なんか、ふさげてるようにしか見えないんでしょうね。
……お爺さんには悪いけど、僕は生涯結婚はしないと思うなあ。
独身主義者なんじゃないんですよ。
僕は、「結婚しないのは、良くない事だ」という思想の持ち主ですから。
結婚や子育てが人間形成云々……綺麗ごとを言うつもりはありませんや。
でも、社会がそういう風にできているからねえ。
世の中っていうか、社会の最小単位は、「個人」じゃない。
「個人が輝く」とかって、まあそういう感じのスローガンだかマニフェストだかもあるんでしょうけど、それはあくまでも建前だと思います。
世の中を構成する最小単位―――素粒子は、「家族」なんでしょうね、たぶん。
家族というものをもっとも小さな単位として、いろいろなシステムが出来ている。
基本的に独身者用である「ワンルームマンション」ってのがあるけど、あれは、人が短いサイクルで出入りするというのが前提となっている。永住前提のワンルームって、ないでしょ。
人生のある一定の期間、一人で暮らすというのは想定されているかもしれません。でも、30になっても40になっても50になってもひとりでいる人へ提案されるライフスタイルとか、ないじゃないですか、そういうの。
スーパーで売ってる食い物の分量にしたって、二人暮らし、三人暮らしを何となく意識したボリュームだし。
行政だってそうですよね。「世帯」という概念で戸籍を作っているでしょ。個人が、どの家族に属しているのかっていうのを(少なくとも日本の)戸籍は、すごく重視してる。
家族を最小単位として、世の中回っている。
だから、独り者ってのは、社会に対しては微妙に反逆者なのかもしれません。
家族というレンガをきっちりと積んでいけば頑丈なお城が出来るはずなのに、そこに、レンガを砕いたような小さなふぞろいの石ころが混じっているようなものかもしれないですね。
これは、戦後の日本がどうこうとか、そういうことじゃない。
家族(結婚)が社会の素粒子であるというシステムは、百年千年、もっとまえから、きっとそうだったんでしょう。
是か非かじゃないんです。そういう仕組みなんだからしかたがない。そういう仕組みで、いままで人間はずっとやってきたんだから。
文句を言うなら、じゃあ、アンタが世の中を変えたらいいだろ、と言われてしまう。
もちろん、独り者を受け入れてくれるフレキシビリティは、社会には、あるけど。……まあ、ちょっとならね。
ただ、僕みたいなのが百万一千万と増えていったらどうなるか……
心斎橋で石をなげりゃ、独身者に当たるかもしれないけど。でも、各人の一生……時間軸を俯瞰から見た場合、「その生涯においてずっとひとりだった」というケースはグッと減る。そうでなければならない。
僕らみたいに、独り者で、勝手気ままにその日暮らしで生きている奴が、人口の3割とか4割とかを超えちゃったら、社会は機能不全に陥るんじゃないでしょうかね。
なのに、俺は結婚しないわけですけどね(笑)
そこまでウタっておきながらね。
もう、その機会を失いました。
僕の手には「結婚」というカードはなく、二度と手札の中に配られることもありません。
僕はこの20年、何もしてこなかった。
キリギリスみたいに遊んでいたわけではないです。しんどいことも、辛いことも、いっぱいあったけど。
でもそれは、意味のないことだった。
辛い目を見さえすればいい。きっと報われ、前進があるということではないんです。
僕は、ただオロオロと走り回り、無駄骨を折っていただけ。バカを見ていただけ。風車に突撃していただけ。
「いざゆかん! ついてまいれ、サンチョ・パンサ!!」
キリキリ舞いをし、恥ばかりかいていた。へたくそな喜劇を演じていただけだったんです。
同じくらいの歳のひとたちがいままでコツコツと積み上げてきた、スキルや、実績や、信用や、人脈や、人気や、人間力や。
あるいはお金。あるいは地位。
そういうもののなにひとつ、僕の手にはありません。
僕は、それを得られなかった。
20年という時間をかけて、なにひとつ、つかみとることができなかった。
ふと気がつくと、手の中はからっぽで、20歳のときと同じ場所に立ち、一歩たりとも前に進んでいない自分がいました。
ぞっ、としましたよ。
それに気づいたときは。
俺、バカだなあ、では済まない。
後ろから、「老い」という名の怪物が追いかけてくるから。
結婚なんか、している暇は僕にはもうないんです。
奥さんのためとか子供のためとか、そういうことに使う時間は、僕には、もう1秒すらも残っていない。
普通の人が40年かけて歩む道のりを、僕はこれからの20年で、走り抜けなければならないんですよ。
まさに、鬼の形相で、血を吐いて走る以外ない。
20年、人様より遅れている。負け分を取り戻さなきゃならないんです。
それができなきゃ野垂れ死ぬだけです。
比喩じゃない。本当に野垂れ死ぬことになるでしょうよ。
誰かと足並みをそろえ、二人三脚で走るような余力は、もう僕にはないんですよ。
あさましいほど、ぶざまなほど、自己中心的に生きなければならない。強欲で卑怯で妬みは深くなければいけない。自分さえよければいい。他人がどうなろうと知ったことではない。それどころか、人の足を引っ張ることをいつも考えているくらいでなければならない。人の不幸をゲラゲラと笑い転げるほどでないといけない。―――仮に、そこまでやっても、僕がいまから人様に追いつくことができるかどうか、分からないんですから。
僕は、そこまでのことをしなければ、ここから先、生きる道がないような人間なんですよ。
そんな僕に、家庭のことを考える暇なんか、まったくないんです。
いままで、負け続けてきた。一回も、ほんのちょっぴり勝つことも、できなかった。
ずっと負けてきた。勝つ、ということを、僕は知りません。勝った経験がないんですよ。
もう、がけっぷちなんですよ。
もう負けはない。負けがなくて、死にがあるだけですよ。
そんなわけで、僕のリアル友達よ。
僕の結婚式、というのはありえないから。
絶対にないから。
したがって、祝儀もいらない。
それが必要になることは、未来永劫金輪際、ないから。
クリスマスにでも、ちょっと豪勢な外食へゆきたまえ。
僕に祝儀をくれてやったつもりでね。
親類の爺さんが、どうもいけないらしいのです。
容態が、あまりよろしくないとのこと。
もしものこともありうるからと、僕のところにも連絡が回ってきたのです。
持病をおもちというわけではないのです。
緊急入院、ということは、平素は入院していなかったということです。
ある意味、元気といってもいい爺様でした。
―――だがしかし、我々親類一同の認識は、「もしものことがあっても、ちっともおかしくはないから」というものなのです。
そんじょそこらのジジイじゃない。
このご老体、大変な高齢でおられます。
じつに、御歳103歳!
103ですよ。
マジですよ。
俺、まかり間違って103まで生きるとしたら、人生あと61年……
ろくじゅういちねん。
2070年近くまで生きることになりますね。
気が遠くなりそう。
老化による全身の機能低下、という以外、お爺さんの身体には悪いところはなにもない。
ただ、認知症が進行していて、自分の名前すら、もう二度と思い出されることはないでしょう。
寝ていることが多く、あまり動き回ったりはしないらしいですが、動くとすれば四つ足で這うそうです。これが意外と速いらしい。
足腰の老化ということもあるけれど、二足で歩くということ自体を、どうやらお忘れになっている様子です。
むしろ、赤ん坊に近い存在になりつつあるようですね。
それでも爺さんは、そのひとは、人間は、生きているんです。
一世紀もの間、生命をつないできたわけです。
オシッコもウンチも垂れ流し。
食べ物を咀嚼し嚥下する能力すら衰えているものだから、流動食に近い、まるでエサみたいなものを喉に押し込まれるんです。
そこまでになって、なお、生命は消えようとはしなかったのです。
これを、痛ましいことだと考えるか。
滑稽なことだと笑うか。
あさましいか。みぐるしいか。
残酷か。冒涜か。傲慢か。
挑戦か。あるいは慈悲か。
それとも、凄いことだと考えるか。
是か非かではなく、とにかく凄いことであるのか。
正しいとか間違っているとか、単純に斬って捨てることのできないような何かか。
もしかするとこれは、畏怖すべきことであるのかもしれません。
生命は美しい、尊い、などと、薄っぺらな言葉を軽々しく吐いてはいけないのかもしれません。
それは、ひとの理解の埒外にある、すさまじい力です。
あの爺さんを見ると、いつもそう思います。
あれこそが生命力というのか……
100年ものあいだ燃え続ける火。綺麗ごとではない、ドロドロとした、呆れるほどしぶとい力です。
おそらくこの世でもっとも強い力である「時間」の流れにさえ、果敢に抗うイノチの力です。
生命は、一応自分も一個持っているとはいえ、なんだか、神秘とかそういうのを通り越して、ひどく恐ろしいですね。
生命を畏れよ
死のおとなうを懼れるごとく
畏敬をもって生命に向き合うべきだ
たとえそれが糞虫の生であっても同様だ
生命を
畏れねばならぬ
でもほんと、そうだよ。
生命を畏れないから、カンタンに人を殺っちゃうんだよ。ナメてっから。
アキ●で刃物振り回したりとか、個室●デオ店に火ィつけたりとかね。
要するにね、ナメてんですよ。あの手合いはね。
あと、「虫の知らせ現象」が多発するのには驚いたというか参ったというか……
「持ち直すかもしれないし、まだあそこには知らせなくていい」と判断し、連絡していなかった遠縁から、電話がかかってくる。気味が悪いほどのタイミングで。
そんなことが、2つ3つ、たて続けに起こる。
三日とあけずに連絡を取り合っているような、親密な親戚じゃないんですよ。
年賀状のやり取り程度しか付き合いのない、むしろ疎遠の親類から、電話がかかってくるんです。このタイミングを狙いすましたかのように、ね。
親父が死んだ時も、あったなあ、そういうこと。
7、8年、あるいはもっと、連絡を取り合っていなかったはずの親父の大学の学友から、死ぬ前日に、ひょっこり電話がありましてね。
親父は2003年に声帯を摘出してしまっているので、仮にそのとき元気でいたとしても、電話になんか出れるはずないんですよ。そのことすら知らないでいた友達だったんです。そのひとが、特にこれといったきっかけがあったわけでもないのに、ふと思い立って、電話をかけてくる……
いや、ほんとにね、そういうことって実際あるんですよねえ。稲川●二じゃないけどさ……
あの電話をとったとき、さしもの僕でさえ、「あ……親父、今回という今回はヤバいんだな……」と、直感しましたもの。
……でも、ここから持ち直しでもしようものなら……あの爺さん、マジすげえかも…………
なんかこう、「もはや人ではない何か凄い存在」になりつつあるのかもしれない。
不謹慎だから「カッコワライ」とは書かないけれど。
容態が、あまりよろしくないとのこと。
もしものこともありうるからと、僕のところにも連絡が回ってきたのです。
持病をおもちというわけではないのです。
緊急入院、ということは、平素は入院していなかったということです。
ある意味、元気といってもいい爺様でした。
―――だがしかし、我々親類一同の認識は、「もしものことがあっても、ちっともおかしくはないから」というものなのです。
そんじょそこらのジジイじゃない。
このご老体、大変な高齢でおられます。
じつに、御歳103歳!
103ですよ。
マジですよ。
俺、まかり間違って103まで生きるとしたら、人生あと61年……
ろくじゅういちねん。
2070年近くまで生きることになりますね。
気が遠くなりそう。
老化による全身の機能低下、という以外、お爺さんの身体には悪いところはなにもない。
ただ、認知症が進行していて、自分の名前すら、もう二度と思い出されることはないでしょう。
寝ていることが多く、あまり動き回ったりはしないらしいですが、動くとすれば四つ足で這うそうです。これが意外と速いらしい。
足腰の老化ということもあるけれど、二足で歩くということ自体を、どうやらお忘れになっている様子です。
むしろ、赤ん坊に近い存在になりつつあるようですね。
それでも爺さんは、そのひとは、人間は、生きているんです。
一世紀もの間、生命をつないできたわけです。
オシッコもウンチも垂れ流し。
食べ物を咀嚼し嚥下する能力すら衰えているものだから、流動食に近い、まるでエサみたいなものを喉に押し込まれるんです。
そこまでになって、なお、生命は消えようとはしなかったのです。
これを、痛ましいことだと考えるか。
滑稽なことだと笑うか。
あさましいか。みぐるしいか。
残酷か。冒涜か。傲慢か。
挑戦か。あるいは慈悲か。
それとも、凄いことだと考えるか。
是か非かではなく、とにかく凄いことであるのか。
正しいとか間違っているとか、単純に斬って捨てることのできないような何かか。
もしかするとこれは、畏怖すべきことであるのかもしれません。
生命は美しい、尊い、などと、薄っぺらな言葉を軽々しく吐いてはいけないのかもしれません。
それは、ひとの理解の埒外にある、すさまじい力です。
あの爺さんを見ると、いつもそう思います。
あれこそが生命力というのか……
100年ものあいだ燃え続ける火。綺麗ごとではない、ドロドロとした、呆れるほどしぶとい力です。
おそらくこの世でもっとも強い力である「時間」の流れにさえ、果敢に抗うイノチの力です。
生命は、一応自分も一個持っているとはいえ、なんだか、神秘とかそういうのを通り越して、ひどく恐ろしいですね。
生命を畏れよ
死のおとなうを懼れるごとく
畏敬をもって生命に向き合うべきだ
たとえそれが糞虫の生であっても同様だ
生命を
畏れねばならぬ
でもほんと、そうだよ。
生命を畏れないから、カンタンに人を殺っちゃうんだよ。ナメてっから。
アキ●で刃物振り回したりとか、個室●デオ店に火ィつけたりとかね。
要するにね、ナメてんですよ。あの手合いはね。
あと、「虫の知らせ現象」が多発するのには驚いたというか参ったというか……
「持ち直すかもしれないし、まだあそこには知らせなくていい」と判断し、連絡していなかった遠縁から、電話がかかってくる。気味が悪いほどのタイミングで。
そんなことが、2つ3つ、たて続けに起こる。
三日とあけずに連絡を取り合っているような、親密な親戚じゃないんですよ。
年賀状のやり取り程度しか付き合いのない、むしろ疎遠の親類から、電話がかかってくるんです。このタイミングを狙いすましたかのように、ね。
親父が死んだ時も、あったなあ、そういうこと。
7、8年、あるいはもっと、連絡を取り合っていなかったはずの親父の大学の学友から、死ぬ前日に、ひょっこり電話がありましてね。
親父は2003年に声帯を摘出してしまっているので、仮にそのとき元気でいたとしても、電話になんか出れるはずないんですよ。そのことすら知らないでいた友達だったんです。そのひとが、特にこれといったきっかけがあったわけでもないのに、ふと思い立って、電話をかけてくる……
いや、ほんとにね、そういうことって実際あるんですよねえ。稲川●二じゃないけどさ……
あの電話をとったとき、さしもの僕でさえ、「あ……親父、今回という今回はヤバいんだな……」と、直感しましたもの。
……でも、ここから持ち直しでもしようものなら……あの爺さん、マジすげえかも…………
なんかこう、「もはや人ではない何か凄い存在」になりつつあるのかもしれない。
不謹慎だから「カッコワライ」とは書かないけれど。
42歳になりました。
なんか、長年の疲れが、どっと押し寄せてきたような気がするなあ…………
この身体に納まりきらないほどの巨大な疲労感が、のしかかってくるよ。
音もなく、しかし見上げるばかりの大波のごとくだ。
つかれた
ほんとつかれた
つかれたなあ
なんか、長年の疲れが、どっと押し寄せてきたような気がするなあ…………
この身体に納まりきらないほどの巨大な疲労感が、のしかかってくるよ。
音もなく、しかし見上げるばかりの大波のごとくだ。
つかれた
ほんとつかれた
つかれたなあ

